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その48 ホープ自動車・ホープスターON型4WD

輪廻転生(その1)
ホープ自動車・ホープスターON型4WD
無縁レベル:4.5




2017年(平成29年)3月31日、とある企業が東京地方裁判所より特別清算開始決定が下り歴史に幕を閉じました
その会社とは株式会社NHP、前身は株式会社ホープといい、主にゲームセンターや遊園地の遊具製造に携わっていました
「ワニワニパニック」というゲームを覚えておられる方も居るかもしれません
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このゲームがホープの代表作でもあります。

しかし溯ること1960年代、ホープは自動車産業に関わっていたのです。
更に遡ること1951年(昭和26年)、ホープ商会を立ち上げた小野定良氏は戦前に東洋工業で修理技術を学び
陸軍では技術教官助手を務めたのち、もともと技術的な探求心が強く新たなことに挑戦したいという気概もあり
1949年(昭和24年)に制定された軽自動車規格での3輪トラック製造を思いついたのでした。
1952年(昭和27年)にはホープ商会を株式会社に改組し、同年12月には社名と掛けて「希望の星」という名の
ホープスターという名の軽3輪トラックを発売したのでした。
従来の単車ベースの3輪トラックとは違い屋根付き、風防付きのホープスターは好評をもって市場に歓迎され
まだまだ舗装路どころか幹線道路でさえあちこちに大穴が開いているという劣悪な道路事情に対応した
堅牢な駆動系と過積載上等な運搬事情にも耐えるタフなフレームと他社製品を巧みに流用したエンジンにより
整備性においても専用部品を必要としない事と耐久性の高さが整備工場からも歓迎され
一気に軽3輪トラックのベストセラーになりました
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しかし、ホープスターが好調な軽3輪トラック市場へ殴り込みをかけてきたメーカーがありました

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そう、ダイハツです。
元々大型3輪トラックでマツダと2分するほどの勢力を持っていたものの
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トヨタがSKB型トラックを投入すると安定性の良さと積載能力の高さなどから徐々に市場を席巻しだし
売り上げが落ちてきたところでホープスターが好調な軽3輪トラック市場に目を付け
全て新規開発・専用設計のミゼットを投入したのでした。
それに対抗すべく改良型や軽四輪トラックの投入を図りますが
社外委託していたエンジンにトラブルが多発
それに加えてダイハツの販売網の広さと大村崑のTVコマーシャルにより売り上げが好調なミゼットに加え
マツダも軽3輪トラック市場に参入
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売り上げが目に見えてダウンした結果、1965年(昭和40年)、この時一度自動車業界から撤退することになったのでした。

しかし完全に諦めた訳ではなく別事業で体制の立て直しを図ることにしたのです
当時レジャーブームで全国各地に遊園地がオープンしていたことに目を付け遊具の開発と販売に舵を切ることにしたのですが
それが大当たりして最盛期の1998年(平成10年)には31億円もの売り上げを計上するほどの会社になったのでした。

そこで小野定良氏は自動車業界での再起を掛け1台の車を開発したのでした
それがホープスターON型4WDです。
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1960年代後半に入り高度経済成長も目覚ましい時期でしたが当時の日本はまだまだ不整地が多く
また山村の交通網は貧弱で牛馬を使った運搬もまだ残っていたような時代だったのですが
そこに目を付けた小野定良氏は軽でジープみたいなクルマを作ればいいかもしれない
と発想し、三菱からエンジンの供給を受けトランスミッションやデフなど主要部品も三菱の物を使用
当時存在した軽免許(1968年(昭和43年)まで存在。16歳以上で取得可能)で乗れるジープとして
1967年(昭和42年)に誕生したのでした。

が、

一度撤退したこともあり販路が限られ、販売も上に向かない中
起死回生を図るべく8mmフィルムを使ったプロモーションフィルムの作成などPRに力を入れたものの
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完全に手詰まりになり、約100台の生産(一説にはもっと少ない20台程度という説もあり)をもって生産終了。
これをもってホープは自動車事業から完全に撤退することとなったのです。

しかし折角のアイディアを無くすのは惜しいとエンジン供給元でもあった三菱に製造権を委譲しようと打診してみたもの断られ
次いで親交のあったスズキ自動車東京支社へ話を持って行くことにしたのですが
その時の社長が鈴木修氏、のちのスズキの会長になるその方だったのです。
ON型の話をしたところプロモーションフィルムの中で急坂路を上るON型に鈴木修氏が興味を示し
権利の買い取りに合意、1968年(昭和43年)1200万円で権利の買い取ったものの
スズキ社内では「売れなくて撤退した車の権利を買ってどうするんだ」「社長の道楽」など散々な言葉を投げつけられながら
1970年(昭和45年)にジムニーとして生まれ変わったのでした
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その後はもう皆さんご存知かと思われますがベストセラー車になり2017年の現在もモデルチェンジを重ね
生産が続いており、更に世界的にも有名な軽4輪駆動車となりました。

着眼点は良かったものの大資本に抗えず結果潰れてしまったとはいえ
拾ってくれた方によって生まれ変わって本来の価値を見出され昇華された
そんなホープスターON型、自分の会社では成しえなかったとは言えきっと生みの親も喜んでいる事と思われます。
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コメント

そうだったんですね

知りませんでした。

ジムニーの出自も、ホープスターの存在も。

毎回勉強になります❗️これからも色々教えてくださいね。

No title

ホープスター、一度イベントで見かけたことがあるのですが、フロントブレーキレスなんですよね~
そこに時代を感じさせます…

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